› こころとからだ › 悲しみは時間が癒す
2009年07月04日
悲しみは時間が癒す
ってよく言いますよね。
これは文字通りの意味以上の深い意味が込められているかもしれません。
「悲しみ」と「時間」に共通するものがあります。
それはどちらも「思考」が作り出す「幻想」だということです。
実はリアルな命というのは常に「いま」しかないんですね。
「いま」以外を生きたことはありますか?
1時間後や1年後をリアルに生きることなんて、不可能です。
だって、「いま」しかないから。
でも思考の中では「過去」や「未来」を生きられるんですね。
でもそれはリアルではない。
頭の中の思考が作り出す幻想です。
だから、リアルな人生にはいつも「いま」しかなくて、「いま」がその一瞬一瞬で変化しているだけなのです。
時間が思考が作り出す幻想のように、悲しみも幻想です。
実際には「悲しい」というリアルな出来事は起こらず、
「悲しい」と思考が判断し、そう感じるようになっているだけです。
起こった出来事を悲しい出来事だと評価しているのは自分の思考なんですね。
例えばそのへんの中学生男子が片思いの女の子に告白してフラれたとします。
で、その男の子は、すごく悲しんでいるとします。
でも、僕はその話を聞いても悲しくなりません。
むしろうらやましくなるかもしれないです。
「いいねぇ、青春だねぇ」って(←おっさん)
同じ出来事でも、とらえ方によっては、悲しくもあり、うらやましくなることもあるのです。
あとは、僕が試しに中学生男子のマネをしてみて、
同じ場所で同じ相手に同じ言葉をかけて同じ言葉を返されたとします。
僕(29歳) 「ずっと好きでした。つき合ってください。」
中学生女子 「いや絶対ムリ!」
僕に、中学生男子に起こったことと全く同じことが起こっても、悲しくならないんですね。
なぜなら、そこに思い入れがないからです。
だから結局「悲しみ」もどんな出来事が起こったかどうかではなく、
そこにどんな思い入れを持っているかどうかなんですね。
なので、「悲しみ」も思考が作り出す幻想です。
本当に「悲しみ」っていう出来事があるんだったら、
同じことを経験すれば世界中のだれもがもれなく悲しくなりますが、そんなことはない。
「自分が」大切にしてる人やモノが関わったときに、悲しくなったりするんですね。
自我なんですよね。
「悲しみ」も「時間」も思考がつくりだしてるんですね。
リアルではないんですよ。
だから、「悲しみは時間が癒してくれる」っていうのは「時間が過ぎれば悲しみを忘れていく」って意味じゃなくて、
「時間という幻想が消えたとき(=エゴが消えたとき)に悲しみも一緒に消える」って意味だと解釈します。
思考=自我=エゴです。
エゴを持つのが悪いとは言ってませんよ。
エゴは幻想だと言っているだけです。
時間というのは「道具」として使えば便利ですからね。
計画を立てたりする上で。
道具っていうのは、必要なときにだけ使えるから便利なんですよね。
でも、思考=時間=エゴっていうのは便利な道具なはずなのに、
それを手放した方がいいときも手放せないという状態になっちゃうんですよね。
まぁ一言でいうと、それがストレスです。
ストレスを抱えているときって、思考に支配されていまを生きてないですからね。
思考も人間に与えられた最高の道具ですが、考えなくてもいいことまで考えるのは、道具に使われている状態です。
悩み事が尽きないのは、道具に支配されているんですよ。
「脳の活性法」とか流行ってますけど、エゴを刺激するだけですよね。
言い方を変えると、いかに道具を使いこなすかってことですよね。
別に悪いとは思いませんよ。
せっかく使う道具なら、便利に使いたいし、性能も高めたいですよね。
でも、使わないときは休ませておく・・・こっちの訓練をする方がもっと重要な気がします。
注!7/5(日)と6(月)の「こころとからだ塾」はお休みします!!!
*****************************************
「こころとからだ塾」
毎週月曜夜8時~10時 沖縄整体専門学院コザ校⇒ ※7/6は休みます
毎週日曜朝10時~12時 沖縄整体専門学院那覇校⇒※7/5と7/19は休みます
毎週木曜夜8時半~10時 かんなタラソ沖縄
7月18日(土) サンビスカス沖縄スポーツベーシックセミナー 「水分代謝」
7月25日(土) サンビスカス沖縄スポーツアドバンスセミナー 「筋収縮のメカニズム」
出張セミナーのお問い合わせ・ご依頼はコチラ
ひーこー。ボディメンテナンスの記録 「からだとこころ」
これは文字通りの意味以上の深い意味が込められているかもしれません。
「悲しみ」と「時間」に共通するものがあります。
それはどちらも「思考」が作り出す「幻想」だということです。
実はリアルな命というのは常に「いま」しかないんですね。
「いま」以外を生きたことはありますか?
1時間後や1年後をリアルに生きることなんて、不可能です。
だって、「いま」しかないから。
でも思考の中では「過去」や「未来」を生きられるんですね。
でもそれはリアルではない。
頭の中の思考が作り出す幻想です。
だから、リアルな人生にはいつも「いま」しかなくて、「いま」がその一瞬一瞬で変化しているだけなのです。
時間が思考が作り出す幻想のように、悲しみも幻想です。
実際には「悲しい」というリアルな出来事は起こらず、
「悲しい」と思考が判断し、そう感じるようになっているだけです。
起こった出来事を悲しい出来事だと評価しているのは自分の思考なんですね。
例えばそのへんの中学生男子が片思いの女の子に告白してフラれたとします。
で、その男の子は、すごく悲しんでいるとします。
でも、僕はその話を聞いても悲しくなりません。
むしろうらやましくなるかもしれないです。
「いいねぇ、青春だねぇ」って(←おっさん)
同じ出来事でも、とらえ方によっては、悲しくもあり、うらやましくなることもあるのです。
あとは、僕が試しに中学生男子のマネをしてみて、
同じ場所で同じ相手に同じ言葉をかけて同じ言葉を返されたとします。
僕(29歳) 「ずっと好きでした。つき合ってください。」
中学生女子 「いや絶対ムリ!」
僕に、中学生男子に起こったことと全く同じことが起こっても、悲しくならないんですね。
なぜなら、そこに思い入れがないからです。
だから結局「悲しみ」もどんな出来事が起こったかどうかではなく、
そこにどんな思い入れを持っているかどうかなんですね。
なので、「悲しみ」も思考が作り出す幻想です。
本当に「悲しみ」っていう出来事があるんだったら、
同じことを経験すれば世界中のだれもがもれなく悲しくなりますが、そんなことはない。
「自分が」大切にしてる人やモノが関わったときに、悲しくなったりするんですね。
自我なんですよね。
「悲しみ」も「時間」も思考がつくりだしてるんですね。
リアルではないんですよ。
だから、「悲しみは時間が癒してくれる」っていうのは「時間が過ぎれば悲しみを忘れていく」って意味じゃなくて、
「時間という幻想が消えたとき(=エゴが消えたとき)に悲しみも一緒に消える」って意味だと解釈します。
思考=自我=エゴです。
エゴを持つのが悪いとは言ってませんよ。
エゴは幻想だと言っているだけです。
時間というのは「道具」として使えば便利ですからね。
計画を立てたりする上で。
道具っていうのは、必要なときにだけ使えるから便利なんですよね。
でも、思考=時間=エゴっていうのは便利な道具なはずなのに、
それを手放した方がいいときも手放せないという状態になっちゃうんですよね。
まぁ一言でいうと、それがストレスです。
ストレスを抱えているときって、思考に支配されていまを生きてないですからね。
思考も人間に与えられた最高の道具ですが、考えなくてもいいことまで考えるのは、道具に使われている状態です。
悩み事が尽きないのは、道具に支配されているんですよ。
「脳の活性法」とか流行ってますけど、エゴを刺激するだけですよね。
言い方を変えると、いかに道具を使いこなすかってことですよね。
別に悪いとは思いませんよ。
せっかく使う道具なら、便利に使いたいし、性能も高めたいですよね。
でも、使わないときは休ませておく・・・こっちの訓練をする方がもっと重要な気がします。
注!7/5(日)と6(月)の「こころとからだ塾」はお休みします!!!
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毎週月曜夜8時~10時 沖縄整体専門学院コザ校⇒ ※7/6は休みます
毎週日曜朝10時~12時 沖縄整体専門学院那覇校⇒※7/5と7/19は休みます
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7月25日(土) サンビスカス沖縄スポーツアドバンスセミナー 「筋収縮のメカニズム」
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ひーこー。ボディメンテナンスの記録 「からだとこころ」
Posted by 照喜名 弘彦 at 08:25